月45時間の残業上限は、エンジニアと発注側の両方を守る砦だ
月45時間の残業上限は、エンジニアと発注側の両方を守る砦だ

月45時間の残業上限は、エンジニアと発注側の両方を守る砦だ

はい、どうもこんにちは佐藤です!

ちょっと見過ごせないニュースが流れてきました。

厚生労働省が、労働基準監督署による「月 45 時間以内に減らしなさい」という一律の指導を、9 月 1 日から見直すそうです。これからは、三六協定で決めた健康・福祉確保措置がちゃんと実施されているかどうかに応じた指導に切り替えるとのこと。全国労働組合総連合は「長時間労働の抜け道だ」として撤回を求めています。

7 月の閣議決定から、たった 1 か月半での実施です。早いですね。

氷河期サバイバーとして、この業界を長く歩いてきた私の意見を書きます。

もちろん……。

反対です!

しかもこれ、「労働者がかわいそうだから」という話ではありません。月 45 時間の上限は、エンジニアのキャリアと発注側の両方を守る砦だと思っているのです。どちらにも徳になる話。

その理由を書いていきますね!


まず、私の東京時代の話をさせてください

7 時に家を出て、23 時に帰る。

これが当時の私の生活でした。帰ったら寝るだけです。土日は何かをやる活力なんて 1 ミリも湧いてきません。ベッドから起き上がれない土曜日を、何回過ごしたかわかりませんね。

こんな状態で、婚活ができると思いますか? 引越しの準備ができるでしょうか?

無理です。物件を内見しに行く体力すらないのですから。

私はこのブログで、エンジニアの成長に一番必要なのはライフステージを進めることだと書いてきました。技術はあとから追いつきます。でも、人生を進める決断の機会は驚くほど少ないのです。

長時間労働は、その機会を静かに奪っていきます。

そして 2020 年、三六協定の上限規制が中小企業にも適用されました。この業界に長くいると、あそこで明らかに風向きが変わったのがわかります。私の周りでも、あれを境にライフステージを上げた友人が何人もいるのです。

規制は、ちゃんと効いていました。


「嫌なら残業しなければいい」が成り立たない現場がある

こう思った方もいるでしょう。

「働きたくないなら、残業しなければいいだけの話じゃない?」

そんな単純な話ではないのです。実際には同調圧力によって、無理やり 22 時まで残ることになります。誰も帰らないオフィスで、定時に鞄を持つ勇気を出せる人がどれだけいるでしょうか。

そして、請負や SES はさらにまずい。発注側が圧倒的に強いからです。

2010 年代の前半、私は某保険会社の子会社の案件に、SES で放り込まれたことがあります。もう完全に燃えている炎上案件でした。入ったばかりで、仕様も知らない、コードも知らない。なんの助走もない状態です。

そんな私に、発注側から飛んできた言葉がこれでした。

「なんで残業していないの?」

何もできない状態なのに、です。

結果どうなったと思いますか? 私はポーズだけの残業をすることになりました。席に座って、画面を眺めて、何も進まない時間を過ごす。あの時間に生まれた価値は、控えめに言ってゼロです。

もう、永遠のゼロ。

これが規制のない現場のリアルなんですよね。「残業しない自由」なんてものは、発注側との力関係の前では簡単に消し飛びます。上限という外側の壁があるからこそ、現場は「これ以上は無理です」と言えるようになるのです。


残業代を払って、生産性が 20% 低いという事実

さて、ここからは発注側にとっての損得の話をしましょう。

Slack の Workforce Index という調査があります。2023 年 8 月から 9 月にかけて、米国・オーストラリア・フランス・ドイツ・日本・英国のデスクワーカー 10,333 人を対象にした調査です。

結果はこうでした。

  • 義務感から残業している従業員は、定時に仕事を終える従業員より生産性スコアが 20% 低い
  • 残業グループは、仕事関連のストレスが 2.1 倍多い
  • 満足度は 1.7 倍低く、燃え尽き症候群になる可能性は 2 倍高い
  • デスクワーカーの 37% が週 1 日以上、勤務時間外に働いている
  • そのうち 54% 以上が「プレッシャーを感じて」残業している

ちょっと落ち着いて読んでみてください。

残業代を払っているのに、生産性は 20% 低い。しかも半分以上は、本人がやりたくてやっているわけではないのです。プレッシャーで残っているだけ。

これ、費用対効果としては最悪ではないでしょうか?

割増賃金を払い、ストレスを 2.1 倍にして、燃え尽きの確率を 2 倍にして、その対価に受け取るのが 20% 低い生産性。買い物として成立していませんよね。『世界一流エンジニアの思考法』にも、同じ趣旨の話が出てきます。

つまり、45 時間の上限は発注側が悪い買い物をしないための壁でもあったのです。撤廃で得をするのは、短期的に人を絞り込みたい現場だけ。長期で見れば、発注側も損をしています。


AI 時代に奪われるのは、体力じゃなくて判断力

ここが一番言いたいところです。

長時間労働や高圧的な発注側が奪うものは、手を動かす体力ではありません。判断力です。

昔は違いました。人海戦術で、気合いで、手を動かせば終わる仕事がそれなりにありましたから。実際、プロジェクトは情報連絡のオーバーヘッドを減らすために人数を絞って、その分を残業でカバーすることが多かったですよね。あれは一定の合理性がありました。

でも、それは限度がある。そして AI 時代になって、前提そのものが変わりました。

実装は AI が肩代わりしてくれます。500 行でも 1000 行でも、待っていれば出てきます。だとしたら、人間の側に残る仕事は何でしょうか。

「作るか、止めるか」を決めることだけです。

その判断が削られると、全部が崩れます。

最近、実際にやらかしました。

本来なら止めなければならない機能がありました。私はそれをわかっていたのです。でも、クライアントが高圧的だったので、よく考えもせずに推し進めてしまいました。

結果、他のドメインにまで影響が出ました。

本当にその機能いる? って話だったのに……。

これが手を抜いた話ではないところが、怖いポイントなんですよね。手はむしろ動いていました。動いていなかったのは頭の方です。残業で疲れている状態での圧力の下では、人は考えることをやめて、言われたとおりに前へ進んでしまいます。

人間の判断力には限界があります。疲れていれば、なおさら落ちます。そして AI 時代は、ちょっとした判断ミスが一瞬で大きな負債に育つのです。AI は止まりません。間違った方向を指されても、その方向に高速で作り続けてくれますから。

昔なら、間違った判断をしても、実装が追いつかないうちに気づけました。今は気づく前に完成しています。

判断力を守ることが、そのまま品質を守ることになった時代なのです。


それでも撤廃に賛成する人へ

わかります。反対意見も強いですよね。せっかくなので、正面から答えておきます。

「規制のせいで納期が間に合わない」

これはよく聞きます。でも、順番が逆ではないでしょうか。

納期が間に合わないのなら、業務が回る最低限まで品質を落とすべきです。

落とす先は品質であって、人の時間ではありません。機能を削る、フェーズを分ける、運用でカバーする。手はいくらでもありますよね? 最初に人の時間を差し出してしまうから、削るべき機能が削られないまま残るのです。

「働きたい人が働けないのはおかしい」

一見もっともに聞こえます。ただ、これは制度の話なんですよね。

多数派を守るための規制に針の穴を開けると、その穴から多数派が巻き込まれます。

「働きたい人だけが働く」状態は維持できません。1 人が残れば、隣の席も残ることになる。私がポーズだけの残業をしたときと同じ構造です。例外を作った瞬間、例外は標準になります。

そもそも、先に変えるべきは評価軸

理想論かもしれません。でも言わせてください。

評価軸を時間給からずらさないと、根本の解決にはなりません。

時間で人を測る仕組みが残っている限り、「長く座っている人が偉い」から抜け出せないのです。残業規制の撤廃を議論する前に、やるべきなのはそっちなのではないでしょうか?


まとめ

というわけで、月 45 時間の上限を外すのは反対だよ!って話でした!

あ。正確には、あれは労働者と発注側の両方を守る砦だった って感じですねっ。

とはいえ、制度は 9 月 1 日から動きます。私たちが反対したところで、明日から現場が変わるわけではありません。だったら、自分の手が届く範囲から変えていきましょう。

まずは見積もりから残業を減らそう。

残業前提で積んだ工数は、20% 低い生産性を定価で買う契約書です。定時で終わる前提で見積もって、入らないなら機能を削る。その握りを最初にやっておくだけで、現場の判断力が守られます。

それが結局、生産性が高くなるんですよ。

ぜひみなさんも、次の見積もりから残業を外してみてください!

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